東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)93号 判決
被告が、旧第六四類刷毛を指定商品として、昭和二九年二月二四日登録出願、同年一〇月一五日登録第四五三一七一号として登録にかゝる、別紙表示のとおり「カシユー」なる文字を左横書して成る商標の権利を有するところ、原告は、昭和三四年六月一〇日、「カシユー」なる名称は原告製造販売にかゝる特殊合成漆の商標として、被告の前記商標登録出願以前から国内において周知著名であり、かつ原告は、これも本件商標登録出願以前から、「カシユー」塗料の塗装用に適当な刷毛に、未登録ではあるが、「カシユー」なる文字を要部として成る商標を附し、塗料販売業者を通じて広く販売している、と主張し、かゝる事実にもとづき、被告の右商標登録は旧商標法第二条第一項第八号および第一一号に違反することを理由に、右商標の登録無効審判を請求し、同年審判第二八二号として特許庁に係属したが、昭和三五年七月三〇日にいたつて、右請求は成り立たない、との審決がされ、同年八月一七日にその謄本が原告代理人に送達されたこと、および右審決の理由は、商品刷毛又は塗料について使用する原告の「カシユー」なる商標が本件商標の出願又は登録の当時取引者又は需要者間に広く認識された周知又は著名のものである事実を認めることができない、というのであることについては、当事者間に争がない。
ところで、成立に争のない甲第二号証の一、二、三(原告の各登録商標見本)、第六号証の二(日本商標大事典の記事)、弁論の全趣旨により真正の成立を認め得べき同第七号証の一ないし九、第一〇、第一一号証(各証明書)に証人小杉藤太郎、豊田三郎、永井祝実の各証言を併せ考えるときは、次の事実を認めることができる。
原告会社(旧名日本漆塗料株式会社)は、北東ブラジルおよび西印度諸島を原産地とするカシユーナツトの穀粉を主原料とする特殊合成塗料を創製し、「カシユー」の名称でこれを一般に売り出すや、それが戦争中から戦後にかけて輸入困難のため品不足で業界が悩んでいた天然漆の代用品として、かつ使用上これに優る面さえあつたので、塗装業者から大いに歓迎され、昭和二五年ごろには「カシユー」塗料の名は全国的に喧伝されるにいたり、昭和二九年当時、げた、楽器その他漆工芸関係で、会津、輪島、静岡、和歌山等産地における同種塗料の年間使用量の六、七〇パーセントは、「カシユー」塗料で占めるにいたつた。そして、原告会社は、昭和二五年一二月二二日登録第三九五一〇八号をもつて、旧第二類漆塗料その他本類に属する商品を指定商品として、「カシユー」の文字を縦書して成る商標につき、昭和二六年五月三〇日登録第三九九〇八三号をもつて、旧第二類生漆、精製漆、合成漆を指定商品として、「カシユーウルシ」の文字を左横書して成る商標につき、また、昭和二七年六月九日登録第四一二三一七号をもつて、旧第二類塗料その他本類に属する商品を指定商品として、「カシユーライト」の文字を左横書して成る商標につき、それぞれ登録を得ているが、元来「カシユー」塗料は前記のとおり原告会社の創製発売にかゝるもので、かつ原告会社以外にこれを製造販売しているものがないところから、被告が本件商標の登録を出願した昭和二九年当時において、「カシユー」といえば、少くとも塗装関係業者間においては、原告会社製造販売の「カシユー」塗料が想起される状況であつた。
このような事実を認めることができる。
さらに、成立に争のない甲第一号証の一の本件審判請求書に添附されてある写真に、弁論の全趣旨により成立を認め得る同第五号証の一ないし五、第九号証(各証明書)、前記小杉、永井両証人の各証言を併せ考えると、原告会社は昭和二九年以前から、「カシユー」塗料の塗装用に特に適するよう工夫した刷毛を下請業者として製作させ、これに未登録ではあるが、「カシユー」の文字を要部とする商標を附して、塗料販売店を通じて販売していた事実をも認めることができる。
上記認定に反する乙第三号証の一、二の記載内容は前掲各証拠と対照して信用することができず、その他にも右認定をくつがえすに足る証拠がない。
以上認定事実によると、「カシユー」の名称は少なくとも原告会社製造販売にかゝる特殊合成漆塗料の商標として普及周知されており、その商品が原告会社独自の製品であつて、他に同種のものを見ないという事実と相まつて、被告が本件商標の登録を出願した昭和二九年当時、塗装関係業者間においては、「カシユー」と云えばたゞちに原告会社製品を連想する実情であつて、そのことは、現在においてもなおさらそうであるということができる。そして、塗料用刷毛は、単に刷毛専門店だけでなく、塗料販売店において塗料とともに販売されていることは、顕著な事実であるし、また現に原告会社においても「カシユー」塗料用に特に適する刷毛を下請業者に製作させ、塗料販売店を通じて販売したことのあること、前に認定したとおりであるから、原告以外のものが塗料用刷毛に「カシユー」の文字を要部とする商標を附して販売するときは、その刷毛は原告会社の製造又は販売にかゝるものであるかのような印象を一般に与え、商品の出所につき混同を生ぜさせるのおそれがあるものといわなくてはならない。被告の本件登録商標の指定商品は旧第六四類刷毛であること、前記のとおりであるが、その刷毛といううちには塗料用刷毛を包含すること、いうまでもなく、また、前記のように商品の出所につき混同のおそれがあることは、旧商標法第二条第一項第一号にいう、商品の混同を生ぜしむるのおそれあるものに該当すること、明らかである。してみれば、被告がその商品刷毛について「カシユー」なる商標を採択使用することは、それが原告の製造販売するものであるかのような印象を与え、商品の混同を生ぜしむるおそれあるものとして、旧商標法第二条によりその登録は許すべからざるものと認めるのが相当である。
この点について、被告の主張するように、「カシユー」の商標が原告取扱にかゝる塗装用刷毛の標識として周知著名のものであるかどうかは関係のないものといわなくてはならない。
本件審決が、商品塗料について原告の商標が取引者又は需要者間において周知又は著名なものである事実を認めることができない、としたことは、事実の認定を誤つており、したがつて、本件商標の登録は旧商標法第二条第一項第一一号に違反するとして、その登録無効の審決を求める原告の請求をしりぞけたことは違法であつて、右審決はとうてい取消をまぬかれない。
〔編註〕 本件に関する商標は左のとおりである。
被告の本件登録商標
<省略>